岡山地方裁判所 昭和51年(ワ)550号 判決 1982年1月25日
原告
岩井恒光
右訴訟代理人
長桶吉彦
被告
西粟倉村
右代表者村長
白畠貞美
右訴訟代理人
小倉金吾
被告
岡山県
右代表者知事
長野士郎
右指定代理人
山田昭雄
外五名
被告
国
右代表者法務大臣
坂田道太
被告岡山県及び国指定代理人
有吉一郎
外四名
主文
被告西粟倉村は原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一〇月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告西粟倉村に対するその余の請求及び被告岡山県、同国に対する各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用中、原告と被告西粟倉村との間に生じた分はこれを二四分し、その二三を原告の、その余を同被告の各負担とし、原告と被告岡山県、同国との間に生じた分は全部原告の負担とする。
この判決の第一項は、原告が金一〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金一億四五〇〇万円及びこれに対する、被告岡山県は昭和五一年一〇月二八日から、同西粟倉村及び国は同月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 敗訴の場合、担保を条件とする仮執行免脱の宣言(被告岡山県及び国)
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 別紙物件目録(一)(二)記載の土地(以下、本件土地という)は大正年間から被告西粟倉村(以下、被告村という)の所有であつた。
2 本件土地は、昭和四七年に被告村から訴外幸洋綿業株式会社(以下、幸洋綿業という)に対し、次いで同年一〇月二〇日幸洋綿業から訴外株式会社ニツケイ(以下、ニツケイという)に対し順次売買され、同月二四日、中間省略により、被告村から直接ニツケイに対する所有権移転登記がなされた。
3 ところで、ニツケイが本件土地を買受けた目的は、これを造成して「あわくらの里」なる別荘地とし、一般に分譲することにあり、このことは幸洋綿業はもとより、被告村も十分に承知していたものである。そして、ニツケイの右買受及び移転登記時において、本件土地の登記簿上の地目は山林とされており、かつ、幸洋綿業と被告村はともに右地目の表示が正しいことを言明していたため、ニツケイは本件土地が通常の山林であつて別荘地として造成が可能であると信じて買受けるに至つたものである。事実、ニツケイは所有権取得後間もなく本件土地の造成に着手し、また、別荘地購入者の募集を開始した。
4 原告は、ニツケイの右買受に先立ち、同会社から右の事業計画を知らされ、右買受資金、事業資金等の援助の要請を受けていたが、いわゆる土地ブームの情勢下であり、かつ、本件土地が地目山林であつてこれを造成するにつき公簿上何らの制約も見出されなかつたので、ニツケイの右事業の共同者となることを約し、その購入資金として五〇〇〇万円を出捐した。そして、昭和四七年一〇月二一日、ニツケイとの間で要旨次のとおり約定した。
(一) 本件土地は原告自らが右五〇〇〇万円をもつて幸洋綿業から買受けるものとし、原告はこれを代金一億円でニツケイに売渡す。
(二) 右一億円を原告のニツケイに対する貸金にあらため、ニツケイはそのうち五〇〇〇万円を同年一二月二〇日に支払い、残額五〇〇〇万円は二〇〇万円宛二五回に分割して、昭和四八年一月以降毎月二〇日限り支払う。
(三) 利息は一割五分、毎月二〇日支払とし、損害金は年三割とする。
(四) ニツケイが右元利金の支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失う。
原告の右債権を担保するため、ニツケイは前同日、本件土地に順位一番の抵当権を設定し、昭和四七年一一月一八日その設定登記手続をした。
右のような本件土地の買受、原告・ニツケイ間の契約、抵当権設定等は、すべて本件土地が地目山林であつて造成、分譲が可能であるとの前提でなされたものである。
5 ところが、本件土地は単なる山林ではなく、その全範囲につき、森林法による保安林の指定を受けた山林であることが後日に至つて判明した。すなわち、別紙目録(一)記載の土地(以下、三〇九番土地という)は昭和二六年五月二四日岡山県告示(保編)第一号をもつて、同(二)の土地(以下、三〇八番土地という)は昭和四一年一〇月一九日農林省告示第一二六五号をもつて、それぞれ水源かん養保安林に指定されたが、登記簿上は保安林への地目変更登記がなされず、地目山林のままで推移してきたものである。そして、ニツケイが本件土地の造成工事に着手した後の昭和四八年四月に至つて、被告岡山県(以下、被告県という)は、岡山地方法務局大原出張所長に対し、その地目をいずれも保安林に変更するように依頼し、同年六月一八日付をもつてようやく右地目変更登記がなされた。原告は、その後同年九月一〇日頃、登記簿謄本を取寄せてはじめて右保安林指定のあることを知つたものである。
6 本件土地につき、右のように保安林への地目変更登記が長期間なされなかつたのは、被告村、被告県の公務員たる岡山県知事、被告国の公務員たる前記大原出張所登記官のそれぞれの故意または過失による義務の不履行に起因するものであり、被告村は民法七〇九条により、被告県、同国は国家賠償法一条により、それぞれ原告に生じた損害を賠償する義務がある。以下、これを詳説する。
(一) 被告村は、自らが本件土地の所有者かつ登記簿上の所有権者であつた間に保安林の指定があり、森林法に基づき岡山県知事からその旨の通知を受けていたのであるから、三〇九番の土地については昭和三五年法律第一四号による改正前の不動産登記法七九条により、三〇八番の土地については右改正後の同法八一条により、いずれも所有権の名義人として地目変更登記の申請をしなければならない義務があるのに、これを怠つたものである。
(二) 被告県の公務員たる岡山県知事は、同県内の保安林に関し、森林法の各規定に基づき、保安林の指定・解除やその維持・管理について重大な権限(農林大臣の権限委任によるもの及び知事固有のもの)と職責を有している。特に、昭和三七年法律第六八号による改正後の同法においては、保安林の維持・管理に関する知事固有の権限は一段と強化された(例えば三八条、三九条、三九条の二及び三等)。したがつて、同知事としては、その職責を全うするためには、新たな保安林指定があつた場合、森林所有者等に対し、保安林への地目変更登記の申請をするように指導するか、或いは自ら登記官に対し地目変更登記をするよう促す義務があるというべきである。
なお、保安林については森林法上保安林台帳の制度も存するが、その公示手段としての機能は希薄であつて、一般に山林につき取引関係に入ろうとする者は、先ず登記簿によつてその地目を確認するのが通常であるから、保安林を適正に維持・管理するためには、登記簿上保安林として公示されるよう配慮することが不可欠であり、知事は常時登記簿と保安林台帳の照合を行い、登記簿上の地目に誤りがあれこれを訂正させる義務があると言わなければならない。「保安林整備管理事業実施要領の制定について」と題する各知事宛の昭和四二年八月一〇日付林野庁長官通達においても、保安林の地番・地目その他の異動確認調査を土地登記簿と保安林台帳との照合によつて行うべきこと、両者の記載に不一致があるときは訂正をなすべきことが指示されており、保安林が登記簿上他の地目をもつて表示されている場合、知事がその地目訂正をする職責のあることが明らかである。
岡山県知事は、上記の義務の履行を怠つたものである。
(三) 被告国の公務員である岡山地方法務局大原出張所の登記官は、前記改正後の不動産登記法二五条の二に規定される、不動産の表示に関する登記についての職権主義により、地目変更登記について登記原因があると認めたときは、所有者からの申請がなくとも職権によつて登記をなす権限と職責を有する。そして、三〇八番の土地については、前記のとおり昭和四一年一〇月一九日に保安林の指定がなされ、同日付農林省官報にその旨掲載されたのであるから、右登記官は右指定の事実を十分に知つていたのに、その変更登記手続を怠つたものである。また、右改正前の同法においては表示登記についての職権主義は明定されていないが、前記二五条の二の前身というべき土地台帳法一〇条により、土地の表示に関する登録については同様職権主義がとられていたことから、登記官はその登録原因があると認めたときは、職権によつて登録をなす権限と職責を有していた。そして、三〇九番の土地についても前記のとおり昭和二六年五月二四日に保安林の指定がなされ、同日付農林省官報に掲載されたものであるから、右指定を知つた登記官は地目変更登録をすべきであるのにこれを怠つたため、昭和三五年の不動産登記法改正による登記簿・台帳一元化の際、正確な地目(保安林)が登記簿上記載される機会が失われたものである。
なお、仮に登記実務上、表示変更登記を職権で行わない慣行があるとしても、それ自体法の建前とかけ離れた悪しき慣行と言うべきである。特に本件の如く、地目の変更が官報に掲載、公示されるような場合は、官庁間の協力により登記原因の存在を容易に確認し得るのであるから、実質的審査権を与えられている登記官としては、その確認の措置をとつたうえ直ちに地目変更登記をなすべきであつた。
また、本件においては、被告村からニツケイに対する所有権移転登記手続にあたり、被告村は登記嘱託書(地目山林と表示されている)を登記官のもとに提出したのであるから、登記官としては容易に両者の不一致を発見し得たはずであり、この段階で実質的審査権を発動させて、保安林か否かを調査のうえ、職権で地目変更登記をするか、少くとも当事者に変更登記の申請を促す義務があつたというべきである。
(四) そして、被告三名を通じて、本件土地を登記簿上地目山林のままに放置したならば、その登記を信じて特段の制約のない山林として開発等の事業目的のためその所有権を取得し、或は担保物権の設定を受けて融資等を行う者が現われることは十分に予知し得たところであるから、被告らは原告に対し、直接故意又は過失による損害賠償義務を負うと言うべきである。
7 さらに、被告村は、上記に加えて次のような不法行為責任がある。すなわち、被告村は、本件土地が保安林であつてその別荘地への造成及び分譲が極めて困難であることを知りながら、その事実を秘して、右事業目的を有するニツケイに売渡した(幸洋綿業は実質的には右売買の仲介者に過ぎず、最終的にニツケイが買受けることが当初から予定されていた)ものであつて、右は故意による不法行為にあたる。また、仮に被告村がニツケイの右目的を知らなかつたとしても、昭和四七年当時はいわゆる宅地造成ブームの最盛期であつたから、県外の宅建業者が本件のような広大な土地を買入れるについては、土地造成・分譲の目的を有していることを売主としても容易に予見し得たというべく、したがつて、被告村が右目的の障害となる事実を告げなかつた点、過失の責を免れない。
8 本件土地が保安林であるため、ニツケイは別荘地造成・分譲の事業を放棄せざるを得なくなつて倒産し、同社の積極財産としては僅かに本件土地のみが残る結果となつた。しかも、本件土地の取引価額は、地目が保安林となつたため著しく下落して担保価値も減損した。
原告は、前記のとおり、本件土地上の抵当権によつて担保される債権一億六〇〇〇万円(元本一億円及びこれに対する年三割の約定割合による二年分の損害金)を有するところ、本件土地の現在の取引価額は精々一五〇〇万円に過ぎないから、その差額一億四五〇〇万円が原告の損害となる。なお、ニツケイは前記約定による元利金の支払を全くしないので、遅くとも昭和四七年一二月二〇日の経過により、債務の全額につき期限の利益を喪失したものである。
9 よつて、被告らに対し、右損害の賠償として、各自金一億四五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日(被告村及び国は昭和五一年一〇月二九日、被告県は同月二八日)以降完済までの、民法所定年五分の割合による損害金を支払うよう求める。
二 請求原因に対する被告村の答弁
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、本件土地につき、原告主張の日に被告村からニツケイに対する所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。
被告村は、昭和四七年一月一八日頃、本件土地を訴外依藤輝一(以下、依藤という)に対し、山林経営の目的に供するとの条件で売渡したものであり、幸洋綿業との売買の事実はない。その後同年一〇月二四日頃、ニツケイから被告村に対し、自己への所有権移転登記手続を求める申出があつたため、その必要書類として、被告村村長作成名義の登記嘱託書及び固定資産価格通知書を交付したことはある。
3 同3のうち、被告村がニツケイに対し、本件土地の地目表示(山林)が正しいと言明したとの点は否認する。
4 同5のうち、各保安林指定の事実は認めるが、原告が後日に至つてそのことを知つたとの点は否認する。前述のとおり、被告はニツケイに対し固定資産価格通知書等を交付したが、右通知書においては、本件土地はいずれも地目保安林と記載されているから、ニツケイ、ひいて原告は、右時点でそのことを十分了知したはずである。
5 同6、7のうち、被告村の故意・過失に関する主張はすべて争う。なお、被告村は、昭和四七年一一月二四日頃、ニツケイの代表者が本件土地の開発計画を申し出てきた段階で、はじめて右計画を知り、本件土地が保安林であるため開発はできない旨を直ちにニツケイに告知したものである。
三 請求原因に対する被告県の答弁
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、本件土地につき、昭和四七年一〇月二四日付で被告村からニツケイに対する所有権移転登記がなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。
3 同3のうち、本件土地が右移転登記当時、地目山林であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。
4 同4のうち、本件土地につき昭和四七年一一月一八日付をもつて原告のため順位一番の抵当権設定登記がなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。
5 同5のうち、本件土地がそれぞれ原告主張の日に岡山県告示及び農林省告示をもつて水源かん養保安林に指定されたものであること、昭和四八年四月、岡山県知事が岡山地方法務局大原出張所長に対し、本件土地の地目を保安林に変更するよう依頼し、同年六月一八日付でその登記簿上の地目が保安林に変更されたことは認める。その余の事実は知らない。
6 同6の、被告県の国家賠償法上の責任に関する主張はすべて争う。不動産登記法、森林法その他の法令には、都道府県知事に対し、登記手続に関して原告主張のような義務を課した規定は一切存しない。このことは、昭和三七年法律第六八号による改正後の森林法においても同様であるし、右改正の趣旨からそのような具体的義務を導き出し得るものでもない。
また保安林指定が行われた場合は、標識を設置し、保安林台帳を調製・保管して閲覧に供することにより、一般私人においても容易に保安林であることを確認し得るのであり、特に後者の公示機能は大きく、山林取引の実際においても、右台帳の閲覧やその保管者への問合わせ等により、保安林指定の有無を調査・確認して取引にあたるのが通常であるから、これに加えて森林法が都道府県知事に対し、保安林についての登記手続に関し、原告主張のような法的義務を課する理由も必要も存しない。原告主張の林野庁長官通達は、専ら保安林台帳の整備に関するものであり、右通達中の訂正事務は右台帳について行われるのであつて、登記簿上の地目の訂正は何ら予定するところではない。
なお、岡山県知事が前記のとおり本件土地の保安林への地目変更登記を依頼したのは、ニツケイが保安林であることを知悉しながら公然と森林法違反にあたる土地の形質変更行為を継続したため、登記簿上も保安林と明示されるのが妥当と判断して念のため依頼したに過ぎず、同知事の義務の履行としてなしたものではない。
7 同8の主張は争う。
仮に原告に何らかの損害を生じたとしても、本件土地が登記簿上地目山林であつたことと右損害発生との間には因果関係がない。すなわち、ニツケイが倒産するに至つたのは、その放漫な経営と、保安林解除申請の努力不足が原因であり、また、原告の資金回収が不能となつたのは、原告が一般の山林購入の常識に反し、保安林台帳の調査もしないまま安易に融資を実行したことによるものであつて、本件土地の地目変更の未了に起因するものではない。
四 請求原因に対する被告国の答弁
1 請求原因1ないし5及び8に対する答弁は、これらに対する被告県の答弁と同一である。
2 同6の、被告国の国家賠償法上の責任に関する主張はすべて争う。
不動産登記法二五条の二は、表示に関する登記につきいわゆる職権主義を採用したが、一方、表示登記に関し当事者に申請義務を課する規定も多数存し、しかもその懈怠に対しては罰則の定めがあるのであつて、基本的、第一次的には、権利の登記と同様、申請主義をとつていることが明らかである。すなわち、右二五条の二は登記官の権限を定めるものであつて、職権発動の義務を課したものではない。このことは、改正不動産登記法附則によつて土地登記簿に統合された土地台帳に関する土地台帳法一〇条についても、そのまま妥当するところである。
また、現在の登記実務においても、土地の表示の変更登記は職権でしないのが慣行であり、これは、土地の権利者に利害関係の大きい事項は当事者の申請をまつて行うのが正確を期するゆえんであるとの考慮と、登記官の事務量からの制約によるものであつて正当である。もとより、不動産取引の安全を図る上で、その現況が登記簿に正確に表示されていることが望ましく、登記官としては、自らの職権をも活用してこれを一致させるよう努力すべき行政上の責任があることは否定できないが、その責任を現実にいかなる方法で実現するかは、所管庁の人的物的設備と事務量との比較考量や、法が第一次的には申請主義をとつていることに基づいて決定さるべき行政上の当否の問題に過ぎず、その当否が直ちに国家賠償法上の注意義務違背の問題を生ずるものではない。
なお、原告は、登記官が登記嘱託書と固定資産価格通知書の地目の不一致を看過したと主張するが、右後者は単に登録免許税額を決定するために添付させるものであつて、これに記載された不動産が登記申請にかかるそれと同一か否かを判断し得れば足り、登記官には進んで両者の細部にわたつて突合する義務はなく、まして不突合ある場合その何れが真実かを職権で審査し、登記簿の記載を変更するような義務もない。
五 被告県及び国の抗弁
原告は、昭和四八年三月頃までに、本件土地が保安林の指定を受けている事実を知り、かつ、遅くとも同年七月頃には、ニツケイの事業が破綻し、同会社に対する債権の回収が不能となつたことを知つたのであるから、その主張によれば、右時点で損害及び加害者を知つたこととなるところ、被告県及び国に対し損害賠償の請求をしたのはその後三年以上を経過した後であるから、仮に請求権があつたとしても、すでに時効により消滅した。
よつて右消滅時効を援用する。
六 右抗弁に対する原告の答弁
右抗弁を争う。本件山林が保安林であることを原告が登記簿上確認し得たのは昭和四八年九月頃であり、しかもニツケイ代表者の説明によれば保安林指定の解除が可能とのことであり、事実同人はその解除申請のため奔走していたので、原告はこれを信じかつ期待していたものであり、結局、彼らに対する損害賠償請求の直前に至つてはじめて損害の発生を確認したものである。
第三 証拠<省略>
理由
第一争いのない事実
本件土地がかつて被告村の所有であつたこと、昭和四七年一〇月二四日付で被告村からニツケイに対する所有権移転登記がなされたこと、本件土地のうち三〇九番の土地は昭和二六年五月二四日岡山県告示(保編)第一号により、三〇八番の土地は同四一年一〇月一九日農林省告示第一二六五号により、それぞれ水源かん養保安林に指定されたものであること、前記ニッケイに対する所有権移転登記当時、本件土地の登記簿上の地目はいずれも山林であり、その後岡山県知事からの岡山地方法務局大原出張所長に対する地目変更の依頼に基づき、昭和四八年六月一八日に至つてその登記簿上の地目が保安林に変更されたこと、本件土地につき、昭和四七年一一月一八日付で、被担保債権額一億円、抵当権者原告とする順位一番の抵当権設定登記がなされていること、以上の事実は原告と被告らとの間で争いがない。
なお、保安林において、都道府県知事の許可を受けなければ、立木の伐採や土地の形質変更行為等をしてはならないとの制限があることは、森林法三四条の規定に照らし明らかである。
第二被告村に対する請求について
一本件土地が保安林に指定されたことにより、右指定時の所有者であつた被告村が、昭和三五年法律第一四号による改正前の不動産登記法七九条及び右改正後の同法八一条によつて、その地目変更登記の申請義務を負担していたことは、右各法条及び同法七八条、七九条、同法施行令三条の規定に照らして明らかである。そして、実際には、岡山県知事の地目変更依頼によつて登記官が職権をもつて右変更登記をしたこと前記のとおりであるから、被告村は右申請義務の履行を怠つたものと言わなければならない。なお、被告村が本件土地を他に売渡した後においても、登記簿上その所有名義人であつた間(昭和四七年一〇月二四日まで)は、依然右義務を負担していたものと解するのが相当である。
二しかし、右義務は直接には、不動産登記制度を管掌する国家機関に対する公法上の義務と解せられる。もとよりその目的とするところは、当該不動産につき取引関係に入る者に対して正確な地目を知る機会を与え、その他の登記事項と相まつて、目的不動産の性状等を正しく認識させ、もつて取引の安定を図ることにあり、所有者が右申請義務を履行することによつて取引関係者の利益が保護されることとなるが、さりとて、その義務が直ちに取引の相手方ないしその後取引に入る第三者に対する私法上の義務と一致し、その懈怠が即ちこれらの者に対する不法行為をなすものとは解し難い。例えば、土地の買主が開発行為を目的としていることを所有者において知りながら、保安林指定のような重大な制約があることを秘し、または過失によつて告げないまま売買した場合には、所有者の不法行為責任を肯定し得るであろうが、その責任の本質は、売主として条理或いは信義則上当然に要求されるところの、物件の性状に関する告知・説明義務の違反にあるのであつて、地目変更登記の申請義務(保安林への)の懈怠にあるのではないと考えられる(もし売主が保安林指定があることを告知したとすれば、たとえ地目変更登記が未了であつても、買主に対する不法行為責任は否定されるであろう)。結局、地目変更手続の懈怠が一面において取引関係に入る者に対する私法上の義務違反となり得るか否かは、事案により個別的・具体的に判断するほかはない。
三そこで、本件の事実関係を検討するに、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる(なお、認定事実との関係で特定が可能、かつそれを相当とするものは、以下の各項中にも掲記する)。
1 被告村は、村営国民宿舎の建設費用を調達するため、村有の山林(本件土地を含む)を売却することとし、昭和四六年九月その旨村議会の議決を経て不動産仲介業者に売買の斡旋を依頼した結果、兵庫県下の織物業者である訴外依藤輝一(訴外幸洋綿業株式会社の代表取締役)が本件土地を買受けることとなつた(乙一・三号証、山根・依藤の各証言)。
2 依藤は、代理人笹倉政雄を介して被告村と売買の交渉をした結果、昭和四七年一月一八日、要旨次のとおりの売買契約が成立し、契約書の作成をみた(乙一号証及び右各証言)。
(一) 依藤は、本件土地を代金三五〇〇万円で被告村から買受ける。
(二) 代金完済時は同年四月末日とし、被告村はその完済と引換えに、依藤に対し所有権移転登記手続をする。
(三) 依藤が第三者に対する所有権移転登記を申し出た場合、被告村はこれを応諾する。
右売買交渉において、依藤の代理人は、本件土地を植林に供する意図であることを告げ、被告村(主として交渉にあたつた同村助役山根正雄ら)もそのように信じていた。もつとも、右契約成立後、依藤側は将来本件土地を牧場等に使用するかも知れないと申し出(ただし、確たる計画を有していたわけではない)、被告村は、買主において畜産公害防止の施設を設けることを条件にこれを了承することとし、その旨を特約条項として売買契約書に付記した(前同)。
3 同年五月一日、依藤は前記代金全額の支払を了し、被告村は同村長名義の所有権移転登記嘱託書を依藤本人または代理人笹倉に交付した。もつとも、前記中間省略登記の約定があるため、右嘱託書中の登記原因たる売買日付、権利者、嘱託日付等はすべて空欄のままとした(乙二号証の一、山根・依藤の各証言)。
4 当時、被告村の理事者らは、村内山林の相当部分(村有林はその大部分)が保安林の指定を受けているとの一般的な認識はあつたが、特に本件土地が保安林であることを明確、具体的に意識していたわけではなく、右売買にあたつて買主に対し、保安林である旨を説明、指摘することはせず、一方、買主側からもその点の質問や指摘もないまま、前記売買が成立したものである(甲五三号証の一・五四号証、山根・依藤の各証言及び被告村代表者本人尋問の結果)。
5 なお、被告村はこれと前後して、村有の山林を数回他に売却したが、いずれも植林を目的とするものであつて、土地の開発を目的とした売買の事例はない(丁六号証の一、山根証言及び被告村代表者本人尋問の結果)。
6 訴外依藤は、前記売買契約書上は買主を自己本人と表示したものの、間もなく他に転売することを予定して、所有権移転登記を経由しなかつた。そして、転売は自己の経営する幸洋綿業の名をもつて行うこととした(甲一ないし九号証及び弁論の全趣旨)。もつとも、個人と同会社間の会計・経理上の処理については明らかでない。
7 訴外野崎和三郎及び橋本勝次(以下、野崎、橋本という)は、依藤が本件土地を取得した事実を知り、共同してこれを買受け、宅地(いわゆる別荘地)に開発・造成して一般に分譲するとの計画を立てるに至つた。そして依藤との売買交渉を経て、昭和四七年七月二一日、先ず野崎が幸洋綿業から代金五五〇〇万円で本件土地を買受ける契約を結び、同日手付金一〇〇〇万円を支払い、その旨の仮契約書を取交し、さらに同日、売主を幸洋綿業、買主を株式会社ニツケイ(野崎及び橋本が前記事業を行う会社として設立を準備していたもの)とする売買契約を結び、代金は右同額とし、手付金は野崎が交付済みのものを充て、残金の支払時期は同年一〇月二一日とすることを約定した(甲五ないし八号証、二四・二六・三九号証、橋本の証言)。
8 その頃、野崎及び橋本は、本件土地の現地に赴き、杉・檜等が密に生立している状況や、水流が澄んでその量も豊富であることなどから、本件土地が保安林ではないかとの疑念を抱いて、両名で不動産登記簿や土地台帳を調べたが、山林と表示されていたのでそれ以上の調査はせず、前記開発・分譲の計画を固めた(甲二六・二九号証及び橋本証言)。
9 同年一〇月三日、野崎及び橋本は計画どおり株式会社ニツケイを設立して登記を了し、右両名がその代表取締役となつた。もつとも、その後の事業活動は、主として橋本がこれにあたつた(甲一八号証及び弁論の全趣旨)。
10 橋本らは、前記売買契約をしたものの、残代金にあてるべき自己資金はないため、知合いの原告に計画の概要を説明して融資の承諾を得た。そこで同年一〇月二一日、原告、橋本、幸洋綿業役員笹倉政雄らが、西粟倉村内の三星司法書士事務所において相会し、原告が四五〇〇万円(野崎が支払済みの手付金一〇〇〇万円を差引いた残代金)を橋本に提供し、橋本から笹倉にこれを支払い、もつて幸洋綿業・ニツケイ間の代金支払を了した。そして、笹倉は被告村作成の前記所有権移転登記嘱託書を提出して、同司法書士にニツケイへの右移転登記手続を委任し、同司法書士において登記原因(同年一〇月二〇日売買)、権利者(ニツケイ)、登記申請の日付(同月二四日)等を記入して被告村からニツケイに対する移転登記の申請をし、同月二四日その旨登記がなされた(当初の被告村と依藤との合意に基づき、中間省略登記がなされたこととなる)。右登記委任の際、被告村発行の本件土地に関する固定資産価格通知書(登録免許税額算出に必要なもの)も同司法書士に交付されたが、これには本件土地の地目として保安林の記載があつた(以上、甲一ないし四号証、七・九・二六号証、乙二号証の一ないし五、丙一〇号証、橋本の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)。なお、甲三号証の売買契約書には代金四五〇〇万と、同七号証の領収書には受領額三五〇〇万円と記載されているが、右は幸洋綿業の希望によりいわゆる圧縮を施した金額であつて、真実の代金額は五五〇〇万円、一〇月二一日授受の残代金額は四五〇〇万円であつた(甲三六号証の四の一)。
11 橋本と原告間の融資交渉において、橋本は右残代金四五〇〇万円のほか、当面の必要経費として五〇〇万円の融資方を依頼し、原告もこれを容れて、同時期頃、別途五〇〇万円を提供した。したがつて、原告の融資総額は五〇〇〇万円となるが、橋本としては、今後別荘地の造成・分譲が完了するまでに、工事費用等としてなお多額の融資を受けるつもりであり、また、計画どおり分譲ができればニツケイとして多額の利益が見込まれたことから、原告に対する債務をその倍額の一億円として、昭和四七年一二月中に五〇〇〇万円、その余は翌四八年一月から二五か月の分割払として支払うことを原告に約し、右債務の担保のため本件土地に順位一番の抵当権を設定することとし、昭和四七年一一月一五日、原告・ニツケイ間でその旨の公正証書を作成し、同月一五日右抵当権設定登記を経た(甲一ないし四号証、一〇号証、二六号証及び橋本証言)。この点、原告は自己が代金五〇〇〇万円で幸洋綿業から買受け、これを即日一億円でニツケイに売渡したかのように主張し、成立に争いのない丙一〇号証及び原告本人尋問の結果中にはこれに副う部分もみられるが、前掲各証拠に照らして措信できず、五〇〇〇万円は原告のニツケイに対する貸金と認めるのが相当である。
12 ところで、被告村としては、本件土地を依藤に売渡したとの認識を持つたまま、上述のような事後の動きを全く知らず、また何人からも知らされず、同年一〇月頃に至つてはじめて、ニツケイに対し本件土地の所有権移転登記がなされていることを知つた(山根証言及び被告村代表者本人尋問の結果)。
13 ニツケイは、同年一一月頃から本件土地の開発工事に着手し、同月二〇日に至つて、その代表者の一人である野崎が同会社としてはじめて被告村の役場に赴き、同会社が別荘地として造成・分譲する計画であることを申し出、被告村はここにおいて漸く右計画を知るに至つた。そして、本件土地が保安林であることを保安林台帳等で確認したうえ、同月二四日頃、ニツケイに対し、保安林であつて開発計画は不可である旨を告知した。これに引続き、野崎・橋本ほかニツケイの従業員らが次々に被告村の役場を訪れたが、被告村は同旨の説明をし、なお、保安林解除申請の方法があることをも説明した(甲二六・三九号証、乙三号証、山根証言及び被告村代表者本人尋問の結果)。
14 その後、ニツケイは右解除申請の手続をとり、被告村も一部指導・援助を与えるなどしたが、結局解除されるに至らず、ニツケイの前記事業計画は全く挫折し、原告の前記貸金の回収は事実上不能となつた(甲七一号証、乙三号証、山根・橋本の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
四上記の事実関係に基づいて考えるに、被告村としては、依藤が植林の目的で本件土地を買受けるものと認識し、後に牧場経営の話も出たものの、右は将来の仮定的な問題であつて、確たる計画に基づくものではなかつたとみられるから、被告村において依藤に対し、本件土地に保安林指定のあることを特に告げる義務まではなく、同様の理由で保安林への地目変更をしないまま譲渡したことに過失はないと考えられる。
しかしながら、被告村は右売買において、依藤からさらに第三者に転売することをも予測して、その指定する者に対し直接所有権移転登記をすることを予め承諾していたものである。仮に第三者が宅地造成等の目的をもつて依藤から本件土地を買受けようとする場合、予め被告村にその旨を申出てくれば、被告村としても保安林指定のあることを説明する機会があるけれども、新たな買主が必ずしもそのように行動するとは限らないし、依藤に保安林であることを告げていない以上、同人からその旨を説明することも期待し難いと言わなければならない。もとより、このような土地利用上の制約となる事項については、買主自らも十分に調査すべきものであるし、また、保安林台帳の閲覧等によつて、その調査は困難ではないとみられる(この点、さらに後述する)。しかし、登記簿上の地目が直ちに一定の制約あることを意味する保安林の如きは、その制約を最も端的・直接的に他に知らしめる手段は、登記簿上の地目表示自体であると言えよう。その意味で、被告村としては、不動産登記法上はもとより私法上においても、将来本件土地につき取引関係に入るべき第三者との関係で、依藤への売却の時点において、保安林への地目変更登記手続をしておく義務があつたと言うべく、右手続をとらなかつた点、被告村に若干の過失があつたことは否定できない。
なお、原告は、被告村が本件土地につき保安林指定のあることをことさらに秘して幸洋綿業ないしニツケイに売渡したとも主張するが、そのように認めるべき証拠は全くないから、右主張は理由がない。
五原告は、幸洋綿業から本件土地を買受けた者ではない(前述)が、ニツケイがこれを買受けるにあたり、その代金等として五〇〇〇万円を貸付けたものであり、本件土地に保安林の指定があることを知つていれば、右貸付をすることはなく、登記簿上の地目が山林であつたことが、橋本の懇請や事業計画の説明と相まつて、右貸付を決意するにつき重要な動機をなしたことが認められる(前掲丙一〇号証、原告本人尋問の結果その他弁論の全趣旨)。したがつて、被告村が本件土地の地目変更登記を怠つたことと、原告の右貸付実行との間に因果関係がないとは言えない。
また、ニツケイが事実上倒産して原告の債権が回収不能となつた原因として、ニツケイの経営自体に放漫、無計画な点が多々あつたことが本件各証拠から看取されるが、さりとて本件土地が保安林として開発行為を規制されていたことが基本的な一要因をなしたことは無視できず、この点の因果関係も否定することはできない。
六そこで、原告の被つた損害額について検討するに、原告の現実の貸付金額は五〇〇〇万円であるところ、ニツケイは前記約定に反し全くその弁済をしないまま支払不能となつたため、原告は前記抵当権の実行として本件土地の競売を申立て、自ら競落代金一八二〇万円位でこれを競落し、被担保債権(約定による一億円及び利息・損害金)と対当額で相殺して本件土地の所有権を取得したことが認められる(成立に争いのない甲六五号証及び原告本人尋問の結果)。
右競落価額は、本件土地の客観的価額を知る一個の手がかりとなり得るけれども、一方、被告村は本件土地を売却するに際し、その全面積一四万一〇〇〇坪(公簿面積とほぼ同じ)を坪当り一二〇円として土地そのものを一六九三万円と評価し、また、地上の立木の価格を樹種・生育年数ごとに計算して二一〇一万三八〇〇円と見積り、合計三七九三万三八〇〇円と評価して、右金額をもつて売却することにつき村議会の議決をも経たことが認められる(前掲乙三号証及び山根証言によつて成立を認める同四号証)。そして、訴外依藤との売買においては、代金額として、右を約八パーセント下廻る三五〇〇万円と定めたものであつて、これらの点に鑑みると、右の三五〇〇万円は本件土地の保安林としての価額を客観的に示すものと認めて妨げない。原告は現在の取引価値を一五〇〇万円と主張するけれども、その根拠を知る資料は本件証拠中にはない。したがつて、原告が本件土地を保安林と知らないで前記貸付をしたことにより被つた損害額は、現実の貸付額五〇〇〇万円及びこれに対する民法所定年五分の割合による二年分の利息・損害金五〇〇万円の合計額と、右三五〇〇万円との差額二〇〇〇万円と認めるのが相当である。右を超える金額は、仮にそれを損害と言い得るとしても、原告とニツケイ間の特別の契約関係による計算上の損害であつて、被告村の予見の範囲内にあつたとは到底認められないから、これを被告村に負担させることはできない。
七そこで、進んで右損害のうち被告村が賠償すべき金額について検討するに、この点については、次のような諸般の重要な事情があることを指摘しなければならない。
1 先ず、保安林であることを公示する手段として、不動産登記簿のほか、保安林台帳の制度(森林法三九条の二)があり、岡山県においては、右台帳の正本は各農林事務所に、副本は同県治山課に備付けられて、山林の取引に入ろうとする者多数の閲覧に供されていること(証人秋久弘美の証言)、本件土地も保安林台帳に登載され、指定施業要件の内容が詳細に示されかつ付属図面によつてその位置・範囲も明示されていること(成立に争いのない丙二・三・五・六号証)、一般に土地建物取引業界においては、業者団体から傘下の各業者に対し、山林の取引に際しては保安林台帳を閲覧するよう指導していること(証人牧村正司郎の証言)が認められる。このように、保安林台帳は現実に公示的機能を果しており、原告としてもこのことに考えを及ぼし、自ら右台帳について調査すべきであつたと言うことができる。
2 前記認定のとおり、橋本及び野崎は、現地の状況を一見して保安林ではないかとの疑問を持ち、一応は調査してみたいというのであるが、その調査はずさんなものであつたと言うほかはない。原告は、右のずさんな調査の上に立つてニツケイと取引に入つたものであり、被告村との関係では橋本らと同視すべき立場にあると考えられるが、仮にそうでないとしても、原告自ら貸付に先立ち、担保となる本件土地の現況を見分すれば同様の疑問に達して独自の調査をすることもできたはずであり、この点においても調査不十分のそしりを免れない。
3 原告は、依藤(または幸洋綿業)が被告村から本件土地を買受けて間もなく転売するものであることを了知していたし、ニツケイの企図する別荘地造成等の大規模な事業については、地元住民との協調も必要であり、周辺に環境の変化を及ぼすことでもあるから、右事業への融資者として、被告村に対し予め右計画を申し出るか、または少くともニツケイに右申出をさせて被告村の態度をみたうえ、貸付の当否を検討するのが常識的であつたと考えられる。現に、右貸付から約一か月後に野崎が右計画を申出るや、被告村は直ちに保安林であることを確認のうえ、開発のできない旨を通知したのであるから、事前に右申出をしていれば同様の結果が得られ、原告が貸付を見合わせたであろうことは容易に推認し得るところである。ところが、原告自身は右貸付の前後を通じて被告村の担当者と全く面談していないのであつて、本件のような結果に至つた主たる原因はむしろこの点にあるとも考えられる。
4 一方、被告村としては、依藤からの転得者による開発計画を昭和四七年一一月二〇日頃まで知らなかつたことはもとより、村の立地条件、本件土地の現況、依藤の表示した買受目的、同時期になされた村有山林の売買がすべて植林目的であること等の諸状況からみて、本件土地を開発・造成して分譲する者が出現することは予想していなかつたとみられるし、また、そのことに被告村として特段の落度があつたとは考えられない。もつとも、当時はいわゆる土地開発ブームの時期にあつたことが窺われ、依藤が県外の織物業者であることや、第三者への転売を当初から予定していたことなどから、一種の投機的売買として本件土地を買入れ、その延長上に、宅地開発を企図する者が現われることの予想も不可能であつたとは言えない。
なお、被告村は前記固定資産価格通知書に地目保安林との表示があることをもつて、その旨の告知を経たと主張するけれども、右通知書を交付した相手方は証拠上必ずしも明らかでない(登記手続の必要書類として三星司法書士に直接交付したとみる余地もある)し、仮にニツケイ或いは原告に交付したものとしても、別途交付した移転登記嘱託書には地目山林と表示されており、右地目と異なり実際は保安林であることを明示的に説明した事実は認められないから、右主張をそのまま採用することはできない。
これら諸般の事情を斟酌し、原告の損害発生については被告村の過失が三、原告自身のそれが七の割合をもつてそれぞれ原因をなしたものと認め、被告村に対し、右損害額の三割相当額を賠償せしめるのが相当と判断される。
八よつて、被告村は原告に対し、前記二〇〇〇万円の三割にあたる六〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日(昭和五一年一〇月二九日なること記録上明らかである)以降完済までの、民法所定年五分の割合による遅延損害金支払の義務があり、原告の被告村に対する本訴請求は右の限度で理由があり、その余は失当と言うべきである。
第三被告県に対する請求について
一原告は、本件土地の保安林指定に伴い、被告県の公務員たる岡山県知事には、所有者たる被告に対し、地目変更登記の申請をするよう指導する義務及び登記官に対し職権をもつて右変更登記をするよう促す義務があつたと主張する。しかしながら、不動産登記法、森林法その他の関係法令において、都道府県知事に対しそのような登記に関する義務を課する規定を見出すことはできない。そして、このことは、法規の欠落とみるべきものではなく、不動産登記法八一条により、所有者からの表示変更登記の申請によつて、登記簿上正確な地目(保安林)の表示が期待されること、一方、森林法の定める標識の設置(同法三九条)、保安林台帳の調製・保管及び閲覧(三九条の二)によつても、保安林であることの公示は相当程度に果されることなどから、前記のような義務規定を設ける必要をみなかつたものと解するのが相当である。
ちなみに、保安林の維持・管理と共通するものを含む河川管理においては、河川区域内の土地またはその一部が滅失し或いは河川区域内の土地に非ざるものとなつた場合、管理者に地積変更・滅失・抹消等の登記を嘱託すべき義務を課している(不動産登記法八一条四項、八一条の八第二項、九〇条三項等)が保安林に関してはこれに相当する規定は全くないのであつて、その維持・管理の職責から、原告主張のような登記に関する義務が当然に導かれるものではなく、これを必要、相当とする場合に法が明文をもつて根拠規定を設けることの一例証と思われる。
二原告は、その主張にかかる都道府県知事の義務の根拠として、森林法の数個の条項を掲げるけれども、同法三八条は保安林における行為の制限等(同法三四条一・二項、同条の二)に反した者に対する監督処分に関するもの、三九条は標識設置の義務を、同条の二は保安林台帳の調製・保管や閲覧に供する義務を定めたものであり、また、同条の三は保安林の適正な管理(特に同法による制限の遵守及び義務の履行につき有効な指導・援助を行うこと、保安林の保全のため必要な措置を講ずること等)に努めるべきことを明らかにしたものであつて、いずれも登記手続に関するものとは解し得ない。また、原告は昭和四二年八月一〇日付林野庁長官通達「保安林の整備管理事業の実施要領の制定について」のうち保安林台帳整理事務に関する部分を援用するけれども、右は専ら保安林台帳の整備のため、登記簿と照合しつつ地籍等確認調査及び台帳の記載事項の訂正を行うべきことを指示する趣旨であることが文理上明らかであり、登記簿上の地目の訂正・変更に言及するものとは解されない。
三以上の次第で、岡山県知事に原告主張のような義務があるとは認められないから、被告県に対する本訴請求は前提を欠き、その余の主張事実につき判断するまでもなく失当と言うべきである。
第四被告国に対する請求について
一不動産登記法二五条の二は、「不動産の表示に関する登記は登記官職権をもつて之をなすことを得」と定めているが、右は表示の登記についていわゆる職権主義を採用したものとされ、登記官においてその登記原因があると認めた場合、職権によつて登記をする権限と職責を有し、所有者等の登記申請は、理論的には登記官の職権発動を促す一要因に過ぎず、登記官として実質的審査を行い、登記原因が真実存することを確認したうえで登記すべきものであると説かれており、この点、多く異論をみないところである。
二しかし、右のことから、登記官が常に表示登記の登記原因事実を職権をもつて自ら探知、発見し、進んでその登記をする義務があると結論することは正当ではない。
その理由は、概要以下に述べるとおりである。
1 不動産の権利に関する登記は、本来私的自治の原則が支配する領域の事柄として、これをなすか否かを当事者の意思に委ねるべきものであるが、他方、表示に関する登記は、取引・処分の対象となる不動産の客観的な特定自体に係わる問題であるから、これを当事者の意思に委ねたのでは、不動産登記制度そのものが十全に機能しないこととなり、性質上、私的自治原則の領域外にあるべきものである。不動産登記法二五条の申請主義と同条の二の職権主義とは、両者のこのような性質上の相違に基づき、とるべき基本原則を先ず宣明したものであつて、職権主義の具体的内容、例えば前記のような職権探知の義務を登記官に課するか否かについては、立法政策上、さらにその可否、当否を検討して決する余地があると考えられる。
2 前記二五条の二及び表示登記に関する登記官の調査権を定める同法五〇条一項は、いずれも「……ことを得」とのいわゆる可能規定の形成をとつている。一方、土地の表示の変更登記に関する同法八一条は、地目・地積に変更があつた場合、所有者(又は所有名義人)に変更登記申請の義務を課し、同様の申請義務は同法八〇条、八一条の八、九三条、同条の二、同条の六等にもみられ、かつ、これらの義務の違反に対しては、罰則の定めをも設けている(一五九条の二)。これらを通観すると、法は表示登記についても、登記官独自の事実探知までを要求するものではなく、当事者の申請を基本とすること、ただし、その申請をそのまま承認するのではなく、その正当か否かを職権で調査のうえ登記すべきことを定め、かつそれに止めていると解するのが相当である。
3 このことは、登記実務の現状、特に事務量による制約とも深くかかわる問題と思われる。被告国の主張によれば、昭和四八年現在における全国の登記不動産の個数は土地・建物を合わせて二億一八七七万余筆、登記従事職員数は約八八〇〇名というのであり、右の数字は措信するに足るとみられるが、かかる尨大な数の不動産につき、表示登記の登記原因を遂一職権で探知、発見して登記することは、現在の人員数をもつてしては不可能に近いと言うほかはない。立法政策とその所産たる法は、不可能を強いるものではないと言うべきであろう。
4 表示登記についても当事者の申請を建前とし、その原因事実につき登記官が職権で探索まではしないのが実情である(慣行という者もある)ことは、論者の多くが指摘するところであり、証人藤原達也の証言によつてもそのことが認められるが、上述の諸点に照らすと、右を悪しき慣行と言うのはあたらず、むしろ法の趣旨に従つた事務処理と解される。これに反し、右を違法とする有力な見解のあることは聞かない。
三なお、昭和三五年法律第一四号による不動産登記法改正における、いわゆる登記簿・台帳一元化の経緯、旧土地台帳法の関係諸規定の右改正による大幅な採用等に照らすと、旧土地台帳法一〇条(土地台帳の登録に関する職権主義)についても、上述したところがそのまま妥当すると解せられる。
また、以上のことは、本件土地を保安林に指定する旨の告示が官報に掲載され、或いは、前記固定資産評価通知書に地目保安林と記載されていることにより、登記官にこれを知り得べき機会があつたとしても、変るところはないと言うべきである(右通知書の点について付言すれば、右は登録免許税額算出の資料に過ぎないから、これに記載された土地の所在・地積等から、移転登記の目的物件との同一性を認知し得れば足り、地目に不一致があるとしても、進んでその何れが正しいかを調査・探究し、登記簿の地目を訂正する義務まではないと解される)。
四仮に、表示変更登記の原因事実を登記官が知り得べき資料の存する場合、職権で右登記をする義務を肯定する見解があり得るとしても、既に述べたとおり、表示登記についても当事者の申請をまつてするのが多年の実務上の慣行であり、これを承認する論説も広く行われているのであるから、当該登記官がその慣行に従い自ら変更登記をしなかつたことに過失はないと言うべきである。
五以上のとおり、本件土地につき、岡山地方法務局大原出張所登記官には、自ら保安林指定のあることを探知、発見し、職権をもつて保安林への地目変更登記(登録)をなすべき義務があつたとは解されず、それをしなかつた点に過失があるとも認められないから、原告の被告国に対する本訴請求はその根拠を欠き、爾余の主張事実につき判断するまでもなく理由がないと言うほかはない。
第五結語
よつて、原告の被告村に対する請求を前記第二の八に述べた限度で認容し、その余は棄却し、被告県及び同国に対する請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、担保を条件とする仮執行の宣言(被告村関係)につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(田川雄三)
物件目録<省略>